夏目漱石作「我輩は猫である」よみました。 - 書評あれこれ~

あらすじ 夏目漱石作「我輩は猫である」よみました。 読書感想文

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解説あらすじ・読書感想文・解説 夏目漱石作「我輩は猫である」岩波文庫

 日常の人々の暮らしが猫の目から、滑稽にあしらったコメントが特徴的な作品です。猫の目から見て言葉の端々や行動から人間の姿を滑稽な目で洞察した視点が印象的でした。

《主人は痘痕づらである。御一新前はあばたも流行ったものだそうだが日英同盟の今日から見ると、こんな顔は聊か時候後れの感がある。(中略)現今地球上にあばたっ面を有して生息している人間は何人位あるか知らんが、我輩が交際の区域内において打算して見ると、猫には一匹もない。人間にはたった一人ある。しかしてその一人が即ち主人である。甚だ気の毒である。》

 猫に甚だ気の毒だと言われているのは悲しいですね。飼われている身分なのに逆に主人のことを見下ろしたような目で見ている所が面白いです。

《世の中に退屈ほど我慢の出来にくいものはない、何か活気を刺激する事件がないと生きているのがつらいものだ。からかうというのもつまりこの刺激を作って遊ぶ一種の娯楽である。但し多少先方を怒らせるか、じらせるか、弱らせるかしなくては刺激にならんから、昔しからからかうという娯楽に耽るものは人の気を知らない馬鹿大名のような退屈の多い者、もしくは自分のなぐさみ以外は考うるに暇なきほど頭の発達が幼稚で、しかも活気の多い使い道に窮する少年かに限っている。》

 何か小馬鹿にしているような雰囲気がします。それを理論立てて説明している所に「自分は人間とは違って高等な生き物なのだ」と言っている感じがしてならないです。


《衣食は先ず大目に見て勘弁するとしたところで、生存上直接の利害もない所までこの調子で押して行くのは濠も合点がいかぬ。第一頭の毛などというものは自然に生えるものだから、放って置く方が最も簡便で当人のためになるだろうと思うのに、彼らは入らぬ算段をして種々雑多な恰好をこしらえて得意である。坊主とか自称するものはいつ見ても頭を青くしている。暑いとその上へ日傘をかぶる。寒いと頭巾で包む。これでは何のために青い物を出しているのか主意立たんではないか。》

 猫の目から見るとこのように見えるのでしょう。確かにわざわざ帽子をかぶるくらいなら、「髪を自然のまま残しておけばいいではないか」という言い分は面白かったです。

猫の目から日常の暮らしが滑稽に描かれた作品ですが、徒然草では次のように書かれています。

《愚者のじょうだんでさえも、よく物がわかった人間の前では、この各種各様のうそを心得た度合いが、言葉のはしからでも顔つきからでも、すっかり悟られてしまうに違いない。ましてや、何事も洞察できるような人間が、迷っているわれらを見通すことは手のひらの上の物を見るようなものだ。》

 まさしく、猫の目から日常の人々の姿が、手のひらの上で見透かされているような内容でした。坊主頭の例等、「猫の目から見るとこのように見えるのか!」と思える、猫ならではの視点が印象的でした。


夏目漱石「我輩は猫である」岩波文庫
吉田兼好「徒然草」講談社文庫

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夏目漱石作「我輩は猫である」岩波文庫 日常の人々の暮らしが猫の目から、滑稽にあしらったコメントが特徴的な作品です。猫の目から見て言葉の端々や行動から人間の姿を滑稽な目で...

2012-05-12 16:24 from まとめwoネタ速neo

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