福沢諭吉「学問のすすめ」 - 書評あれこれ~

あらすじ 福沢諭吉「学問のすすめ」 読書感想文

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解説あらすじ・読書感想文・解説 福沢諭吉著「学問のすすめ」岩波文庫、第十二編

 細かい理論ばかりに終始するのではなく、学んだことは実地に生かされて初めて役にたつということを繰り返し説いています。


《前条に方今我が国において最も憂うべきは、人民の見識未だ高尚ならざすの一事なりと言えり。人の見識品行は、微妙なる理を断ずるのみにて高尚なるべきに非ず。禅家に悟道などの事ありて、その理頗る玄妙なる由なれども、その僧侶の所業を見れば迂遠にしてい用に適せず、事実においては漠然として何らの見識もなき者に等し。》

 僧侶について、「理屈は立つけれども、現実においては何の見識も無いに等しい」とばっさり切り捨てています。当時としては僧侶に対してそのような発言を行う事は憚れると思いますが、臆することなく発言しています。著者の一言で言えば「ざっくりとした」一面がかいま見られる一文です。

《然らば即ち人の見識を高尚にしてその品行を提起するの法如何すべきや。その要訣は事者の有様を比較して上流に向かい、自ら満足することなきの一事に在り。但し有様を比較するとはただ一事一物を比較するに非ず。この一体の有様と彼の一体の有様とを並べて、双方の得失を残らず察せざるべからず。》

 著者が本書を書いた当時は、文明開化と云う名のもとに、自ら良し悪しの判断をするということをせず外国のものなら何これ構わず受け入れるという風潮がありました。著者はそういった、主体性の無い、盲目的風潮に警笛を鳴らすという意味でもこの文章を書いたと思われます。

《右の如くインドの文もトルコの武も、嘗てその国の文明に益せざるは何ぞや。その人民の所見僅かに一国内に止まり、自国の有様に満足し、その有様の一部分をもって他国に比較し、その間に優劣なきを見てこれに欺かれ、議論も茲に止まり、徒党も茲に止り、勝敗栄辱共に他の有様の全体を目的とすることを知らずして、万民太平を謡うか、または兄弟垣に鬩ぐのその間に、商売の権威に圧しられて国を失うたる者なり。》

 自国の一部分のみの優劣を比較して、勝っていることにあぐらを掻いたことで実際は他の部分で相手が勝っていることに気づかず、結果として廃れていった国の例が書かれています。当時の日本も自国の利点に目をくれず西洋の物を絶対視する風潮をばっさり切り捨てています。

 全体に豊富な具体例が書かれているので、当時民衆の間で大ベストセラーになったのもうなずけます。また、歯に衣着せぬ言葉で、「ざっくり」とした歯切れのいい文体が非常に面白かったです。





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