破戒 - 書評あれこれ~

あらすじ 破戒 読書感想文

このエントリーをはてなブックマークに追加

解説あらすじ・読書感想文・解説 島崎藤村「破戒」岩波文庫

 明治後期、被差別部落出身の瀬川丑松はその身分を父から隠して生きよと戒めながら育ったため、その身分を隠しながら小学校教員として暮らしていた。その丑松が自らの素性を告白するまでの苦悩と葛藤を描いた作品。同じ部落出身の解放運動家、猪子蓮太郎を慕うようになり、猪子になら自らの素性を打ち明けたいと考える。父の戒めを守って素性を隠して生きていけば、自分自身をいつわることになる、しかし父の戒めを破って自らの生い立ちを周囲に知られた場合、社会の迫害を受けることになる。
 最終的に丑松は生徒前で自らの素性を告白したため、小学校を追われてしまう。

《さあ、父の与えた戒めは身にしみじみとこたえて来る。「隠せ」ー実にそれは生死の問題だ。あの仏弟子が墨染めの衣に守りやつれる多くの戒めも、この一戒めに比べては、いっそなんでもない。祖師を捨てた仏弟子は、堕落と言われて済む。親を捨てた穢多の子は、堕落でなくて、零落である。「決してそれとは告白るな」とは堅く父もいい聞かせた。》P48

 「隠せ」と「決してそれとは告白るな」という言葉に並々ならぬ力強さと切実がひしひしと伝わってくる。後にも出てくるように丑松は穢多ということが周囲に知れたことで、職場や社会からの追放を余儀なくされる。それほど当時としては切実な問題だったのが分かります。

《もっとも朝になれば、そんなことは忘れがちで、「どうして働こう、どうして生活しようー自分はこれから将来どうしたらよかろう」が日々心を悩ますのである。父の忌服は半ばこういう煩悶のうちに過ごしたので、さていよいよ「どうする」となった時は、別にこれぞと言って新しい道の開けるでもなかった。四五日の間、丑松はうんと考えたつもりであった。しかし、あとになってみると、ただもうぼんやりするようなことばかり。つまり飯山へ帰って、今までどおりの生活を続けるよりほかに方法もなかったのである。あゝ、年は若し、経験は少なし、身は貧しく、義務年限には縛られているー丑松は暗い前途を思いやって、やたらに激昂したり戦慄えたりした。》P164

 穢多の子であるとを猪子に打ち明け、社会の不合理を打ちたいと思う心と、父の戒めを守って封建的な社会に生きていこうとする気持が心の中で葛藤する。
 そして、最終的には今まで通りの生活を続けるしかないという結論に達するが、それでも葛藤し続ける姿が描かれている。

《「皆さんがお家へお帰りになりましたら、どうかおとっさんやおかっさんに私のことを話してくださいー今まで隠していたのは全く済まなかった、と言って、皆さんの前に手を突いてこうして告白けたことを話してくださいー全く私は穢多です、調里です、不浄な人間です。」とこう付け足して言った。
 丑松はまだわび足りないと思ったか、二足三足あとずさりして、「許してください」を言いながら板敷きの上へひざまずいた。》P312

 父の戒めを破り、丑松はついに生徒達の前で自分は穢多の子であることを告白します。自分自身をずっと偽って生きてきた丑松は、自らの胸に抱え込んでいた感情が関を切ったように流れ出す。
 
 生徒達の前で自らの素性を告白を絞り出すかのごとく声で話す姿は緊迫したシーンでした。
 人望も信頼もあり、周囲からの残留に関する懇願もあったにも関わらず、素性が違うというだけで社会から抹殺されてしまう、差別の根強さが窺うことが出来たとともに、父の戒めと自らを偽る事との間の丑松の葛藤する姿が印象的な作品でした。

文学名著関連記事

厳しい現実と向き合う作品

国家に反逆する事を"考える"ことさえも管理される"全体主義的"管理社会

ジョージオーウェル 1984年ジョージオーウェル「1984年」ハヤカワ文庫


独裁者と、無知なためにいいように使われてしまう動物達

ジョージオーウェル 動物農場ジョージオーウェル「動物農場」角川文庫







関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加


書評あれこれ~

書評記事おすすめ
世界文学名著おすすめ日本文学名著おすすめ

コメント
非公開コメント

トラックバック
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます 
Copyright © 書評あれこれ~ All Rights Reserved.