罪と罰 上 - 書評あれこれ~

あらすじ 罪と罰 上 読書感想文

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解説あらすじ・読書感想文・解説 ドストエフスキー「罪と罰 上 工藤精一朗訳」新潮文庫

あらすじ

 「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」という理論のもとに、高利貸しの老婆を殺害しその資産を奪おうとしたラスコーリニコフはその場に居合わせた老婆の妹までも殺害してしまう。そして、関係ない人間をも殺害してしまった事への罪の意識に苛まれ、最終的には自首を決意する。
 上巻では狂気に満ちた思想をラスコーリニコフはついに実行に移してしまう。そして老婆殺しの事件を追及する予審判事ポルフィーリィとラスコーリニコフのやり取りが印象的でした。

《「いまのは、もちろん、冗談だが、いいかね、一方では、愚かな、無意味な、なんの価値もない、意地わるい病気の老婆、誰にも役に立たないどころか、かえって、みんなの害になり、なんのために生きているのか自分でもわからず、放っておいても明日になれば死んでしまうような老婆がいる。わかるかね?わかるかね?」》P137

《「まあ聞きたまえ。その半面には、支えてくれるものがないためにむなしく朽ちてゆく、若い、みずみずしい力がある。しかもそれは何千となく、いたるところにいるのだ!修道院に寄付されるはずの老婆の金があれば、何百、何千というりっぱなしごとや計画が実施され、改善されるのだ!何百人、あるいは何千人の人々が世に出ることができ、何十という家庭が貧窮から、破滅から、堕落から、性病院から、救われるのだ、-それがみな老婆の金があればできるのだ。老婆を殺し、その金を奪うがいい、ただしそのあとでその金をつかって全人類と公共の福祉に奉仕する。どうかね、何千という善行によって一つのごみみたいな罪が消されると思うかね?一つの生命を消すことによってー数千の生命が腐敗と堕落から救われる。一つの死と百の生命の交代ーこんなことは算術の計算をするまでもなく明らかじゃないか!それに社会全体から見た場合、こんな愚かな意地わるい肺病の老婆の死なんて、いったい何だろう?たかだかしらみか油虫の生命くらいのものだ。いやそれだけの価値もない。あの老婆は有害だからな。あいつは他人の生命をむしばんでいる。この間怒ってリザヴェータの指にかみつき、危なくかみきるところだったよ!」》P138

 「百の善行を行うために、一人の老婆の生命を犠牲にすることは、いとわない」というラスコーリニコフの思想がよく分る文章。この文章だけでラスコーリニコフの思想が十分伝わる。「天才がその能力を十二分に発揮するために一人の凡人を殺すことは罪にはならない」という考えているとおり、その言葉は老婆を虫けらの如く見下し、狂気に満ちていました。

《老婆は背丈が低かったので、いいぐあいに斧はちょうど頭のてっぺんにあたった。老婆は叫び声をあげたが、それは蚊の鳴くような声だった。そして両手を頭へ上げることは上げたが、すぐに床へくずれた。片手にはまだ《質草》をにぎりしめていた。そこで彼はもう一度、さらに一度、力まかせに斧の背で頭のてっぺんをねらってなぐりつけた。》P161

《そして哀れにもリザヴェータは、いやになるほど素朴で、いじめぬかれて、すっかりいじけきっていたので、斧が顔のすぐまえに振りあげられているのだから、いまこそそれがもっとも必要でしかも当然の動作なのに、両手をあげて顔を守ろうとさえしなかった。彼女は顔からはずっと遠くに、あいている左手をほんのすこしあげただけで、まるで彼をつきのけようとでもするように、その手をゆっくり彼のほうへのばした。斧の刃はまともに脳天におち、一撃で頭の上部をほとんど耳の上までたちわった。彼女はその場にくずれた。ラスコーリ二コフはすっかりとみだして、彼女の包みをひったくったが、すぐにまたほうり出して、控室のほうへかけだした。》P166

 老婆とその妹のリザヴェータを殺害した時の文章。ラスコーリニコフはその狂気に満ちた歪んだ思想をついに実行に移してしまう。斧で頭をかち割るという狂気に満ちた犯行の半面、その情景は激情にとらわれた場面かと思いきや、淡々と描かれている。激情に囚われていないところが彼の「百の善行を行うための、一つの罪悪は罪にならない」という彼の思想を疑わずに思想に邁進している様子が分る。

《あなたは自分も、-つまりあなたの言う意味でですね、-ほんのちょっぴりでも、《非凡人》で、新しい言葉をしゃべる人間だとは、お考えにならなかったでしょうか……どうでしょうな、そこのところは?》P557

《「とすれば、あなたもそれを決意なさるかもしれませんな、-例えば、生活上の何かの失敗や窮乏のためとか、あるいは全人類を益するためとかで、-障害とやらをふみこえることをですよ?……まあ、いわば殺して盗むというようなことを?」》P558

 陪審官ポルフィーリィー・ペトローヴィチはラスコーリニコフが過去に書いた「非凡人はあらゆる犯罪を行い、法律を踏み越える権利を持っている」という趣旨の論文の内容について質問は始める。
 ポルフィーリィーはラスコーリニコフが老婆を殺した犯人ではないかと追及するため、この論文の話を持出した。
 つまり、「非凡人はあらゆる犯罪を行う権利を持っている」という思想のもとに老婆を殺害したのではないかということを疑っている。
 「《非凡人》で、新しい言葉をしゃべる人間だとは、お考えにならなかったでしょうか」という文章と、「生活上の何かの失敗や窮乏のためとか、あるいは全人類を益するためとかで、-障害とやらをふみこえることをですよ?……まあ、いわば殺して盗むというようなことを?」という文章からそうした意図が読み取れる。
 外堀を徐々に埋めていくかの如く心理を洞察して罪を追求していくポルフィーリィーと、その追求を受け流していくラスコーにニコフのやり取りが印象的でした。

 上巻は自らの犯した罪に対する恐怖と嫌悪から激しく激昂する様子と、予審判事ポルフィーリィの追求に時に白を切る如く受け流し、時に激高して罪の追求を逃れようとする姿が印象的でした。

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