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解説あらすじ・読書感想文・解説

羅生門・鼻 (新潮文庫)

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 長さ五六寸、上唇から顎の下まで下がった鼻を持つ禅智内供がその鼻を短くする方法を試みる物語。煩わしく思っていた鼻を短くする事に成功した内供だったが、周囲からくすくす笑われる光景が何度もある事に気付く。内供は日増しに短い鼻を反って恨めしく思うようになる。そして或夜に気付いてみると鼻が元通りの長い鼻に戻っている。内供は「もう自分を哂うものはいない」と晴れやかな気持になり、物語は終わる。

《そうしてそれと同時に、鼻が短くなった時と同じような、はればれした心もちが、どこからともなく帰って来るのを感じた。
 ―こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。
内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。》P26
 
 内供の晴れやかな気持が伝わってくる一文。
 徒然草の中で《われわれ人間の心にいろいろの思いが、自由にやって来てうつるのも、心に主体性というものがないからであろう。心に主体性があるとしたならば、胸中に沢山のことは入ってこないであろう。》とある。長い鼻を短くしたいと悶悶としていたが、鼻が短くなったらなったで周囲に哂われて同じように悶悶とした気持を持ちながら日々を送る。しかし、内供の中で「この長い鼻と共に生きる」とう信念が芽生えたことで、悶悶とした気持は一層される。
 さらに徒然草では《愚かな人は、この楽しみを忘れて、わざわざ骨を折って、外の楽しみを求め、この大事な存命の喜びという宝を忘れて、あぶないことに、他の財宝を貪るならば、望みが満ちたりるということはない。》と言っている。自分の外に楽しみを求めることの弊害を説いている。 

《内供はこう云う人々の顔を根気よく物色した。一人でも自分のような鼻のある人間を見つけて、安心がしたかったからである。》P19

 この感情もある意味「ねたみ、嫉妬」の一つとして言えるのかもしれない。嫉妬は自分が欲しい物を持っている人に憎悪を感じることだが、逆に自分が欲しい物を相手も持っていないということを認識する事で自分の心の安定を図ろうとしている。

《人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。》P25

 徒然草で《万物は変化するものだ》という意味の文章がある。人間の心もその時々の思いつきで物を言って、非常に流動的だということが分る。

 夏目漱石が絶賛したと言われるように、他人の不幸に同情しつつも、一方で他人をねたむ感情をシリアスな形ではなく滑稽な形で表現している。シェイクスピアのオセローのように「ねたみ、嫉妬」のようなテーマを扱うと悲劇になる事が多いと思います。しかし、この作品ではそのような感情をユーモラスに描いている点が非常に印象深い作品でした。

吉田兼好「徒然草」吉田兼好
芥川龍之介「羅生門・鼻」新潮文庫
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