「若き数学者のアメリカ」読みました。 - 書評あれこれ~

あらすじ 「若き数学者のアメリカ」読みました。 読書感想文

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解説あらすじ・読書感想文・解説 若き数学者のアメリカ 6 ロッキー山脈の麓へ 藤原正彦 新潮社

 著者がコロラド大学で初めて講義を行うまでの過程です。学生になめられないようにと意気込む著者とその後の学生に対する態度が非常に面白く感じました。

《「果たして自分の言うことを理解してくれるだろうか。分からなくなって教室が混乱したらどう収拾したらよいのか。日本の学生と同じように扱って構わないのか。若さゆえにあなどられはしないだろうか。いや、個人的な原因で侮られるなら我慢できようが、日本人としてだったら許さん。」
 などと弱気になったり、急に気強くなったりしていた。》

 「日本人として」という言葉がこの本の中でよく見られます。全くの異文化の中で自分を奮いたたせるにために、著者は「自分は日本人である」ということを強く意識している場面が多々見られました。

 《さあ入室せねばならぬ。入室直前に、
 「よし、バカヤロウどもをなめてやろう」
 と、無理矢理に自分に言い聞かせた。
 猫背を垂直にし、堂々と胸を張り、満状の注目を一身に浴びて入場した。と思ったのだが、実は、五、六人の学生が、チラッと一瞥しただけで、誰も注目しようとしない。拍子抜けとはこのことだ。
 瞬間、なめられた、と感じ、焦りを覚えた。黒板の前にある教卓の上に教科書を思い切りドスンと置いても、まだ三十人程度の学生のうち十人ほどしか気が付かない。気が付いても無視して、また、机に向かって何かし始める。よしこうなったら全員が我輩を注目するまで、黙ってたち続けようと覚悟した。》 

 緊張を隠すために逆に気強く、「バカヤロウをなめてやろうと」と無理やり上からの目線で接しようとしている。しかし、その甲斐空しく学生がこちらに気が付かない、気が付いても無視していることに対して意固地になっている所が妙に子供っぽくて面白い。

《静まり返った教室に必死でノートする音だけが心地よくサラサラと聞こえる。自分の言うことがノートされているのを見ることは快楽の一つといえるであろう。しばしの間、完全な優越感に浸ることが出来る。
 優越感は健康に良い。なぜか、ザマー見ろと思った。》

 ノートを取る事に集中している学生に対してまだ「上からの目線」のままでいる。しかも、「ザマー見ろ」
とまるで子供の喧嘩の時のような台詞を頭の中で思っている。 著者の「してやったり」という表情が頭の中に思い浮かぶ。

 こうして、著者のコロラド大学での最初の講義は無事に開始する事が出来た。著者の自分を奮い立たせるために上からの目線や、大人気ない言葉を使っていたのが印象的でした。

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)


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