夏目漱石「吾輩は猫である」岩波文庫読みました - 書評あれこれ~

あらすじ 夏目漱石「吾輩は猫である」岩波文庫読みました 読書感想文

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解説あらすじ・読書感想文・解説 夏目漱石著「吾輩は猫である」岩波文庫、を読みました。猫の目線から人間の日常の姿が冷ややかながら面白可笑しく描かれています。

《細君は主人に尻を向けてーなに失礼な細君だ?別に失礼な事はないさ。礼も非礼も相互の解釈次第でどうでもなる事だ。主人は平気で細君の尻の所へ頬杖を突き、細君は平

気で主人の顔の先へ荘厳なる尻を据えたまでの事で無礼も糸瓜もないのである。御両人は結婚後一ヵ年も立たぬ間に礼儀作法などと窮屈な境遇を脱却せられた超然的夫婦である。》

 「超然的夫婦」という表現が非常に面白いです。確かにある種の一線を越えてしまって、ぶっとんでいるという感じがします。

《それでもまだ心配が取れぬから、どういうものかと段々考えてみると漸く分った。三個の計略のうちいずれを選んだのが尤も得策であるかの問題に対して、自ら明瞭なる答弁を得るに苦しむからの煩悶である。戸棚から出るときには吾輩これに応ずる策がある。風呂場から現われる時はこれに対する計がある、また流しから這い上るときはこれを迎うる成算もあるが、そのうちどれか一つに極めねばならぬとなると大に当惑する。東郷大将はバルチック艦隊が対馬海峡を通るか、津軽海峡へ出るか、あるいは遠く宗谷海峡を廻るかについて大に心配されたそうだが、今吾輩が吾輩自身の境遇から想像して見て、御印却の段実に御察し申す。吾輩は全体の状況において東郷閣下に似ているのみならず、この格段なる地位においてもまた東郷閣下とよく苦心を同じゅうする者である。》

 鼠を捕まえる際に三方向のどの位置から鼠が出てくるかにヤマを張らなければならない状況を、バルチック艦隊の東郷大将に重ねた際の文章。猫を捕まえるのと戦争で艦隊を進める状況では緊張感が異なると思うのだが、東郷大将を自身と同列に扱って「東郷大将もいろいろ大変なんだなあ」と思っているような感じがして面白い。東郷大将にすれば「お前と一緒にするな」という声が聞こえてしまいそうですが。

《人間の心理程解し難いものはない。この主人の今の心は怒っているのだか、浮かれているのだか、又は哲人の遺書に一道の慰安を求めつつあるのか、ちっとも分からない。世の中を冷笑しているのか、世の中へ交わりたいのか、くだらぬことに癇癪を起こしているのか、物外に超然としているのだかさっぱり見当が付かぬ。》

 猫の眼からすると、主人の行動は理解がし難いようです。この後の文章に「主人のように裏表のある人間は日記でも書いて世間に出されない自己の面目を暗室内に発揮する必要があるかも知れない」と書いてあるように、世間や周囲の目を気にして思慮深いように振る舞っている割には、実際はくだらぬことにばかり考えていると猫の目からは見えるのでしょう。

 日常の何でもないような出来事を猫の目から面白おかしく、皮肉った目線で描かれています。まるで上から目線のような猫の姿が印象的でした。

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