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雑言羅言

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  • 2012⁄05⁄17(Thu)
  • 23:39

斎藤孝著「使える徒然草」PHP新書

 「この世の全てのものは移りかわっていき絶対のものはない」という「徒然草」の基本思想である「無常観」をもとに、文中の言葉が現実の生活でどのように利用できるかが書かれています。

《しかし、兼好は「たとえ本心でなくても、真似すればいい」というわけである。
「偽りても賢を学ばんを、賢といふべし」とは、最初は見せかけだけ、振る舞いだけが賢人のようであっても、それを心がけていくことで、賢くなっていくというわけである。》
 「理屈を言う前にまず実践しろ」と言われることがあると思いますが、まさにそれを指しているのだと思います。「全てのものは移りかわっていく」という「無常観」の観点から言うと、「最初は意味も分からずにやっていても続けているうちに、今やっている事の意味」が分かってくるということだと思います。この場合は未完成の物でも時間が経つにつれて形が出来上がっていくという意味で「無常観」が使われています。

《自分の世界を打ち立てるには、孤独な時間が絶対に必要なのだ。》
《一人の時間をきちんと確保し、「孤独を技にしてこそ、自分を掘り下げ、自分の未来を切り開く力を養うことができるのだ。》

 兼好は徒然草の中で《世間の人々が出会った時、ちょっとの間も、黙っているということはない。必ず、しゃべる。それを聞くと大ていは無益の話だ。世間の浮き沈み、人の批評など、自分のためにも他人のためにも損が多く、得は少い。》と言っているように、世間に交わると下らない事に付き合わされる事が多いといっています。「全てのことは移りかわってあてにならない」なかで、せめて自分一人の時間ならば、世の中から距離を置いて移りかわっていくことから少しでも遠ざかることが出来るということだと思います。

《いざアイディアを出す時には、「この一点だけ認めてくれればいい」という出し方をするのだ。変更を許可する上司が、「その程度の変更ならいいだろう」と思うような、ささやかな一点に、絞りこむのである。》

 「この世の全てのことは絶対のものはない」といっても、一点を変えることでその大半を変えられるポイントが存在すると思います。例えば、「パレートの法則」《売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している。》があります。「移りかわっていくもの」だからこそ、重要な一点に焦点を絞ることが必要なのではないかと思います。

 このように「徒然草」の基本思想である「この世の全てのものは移りかわっていき絶対のものはない」という考え方をもとに、様々な上達論やコミュニケーションのノウハウが書かれています。

斎藤孝著「使える徒然草」PHP新書
ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
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スポーツ
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本・雑誌
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読書ノウト
  • 2012⁄05⁄16(Wed)
  • 23:03

藤原正彦「若き数学者のアメリカ」新潮社

 「若き数学者のアメリカ」は著者が数学の研究員としてミシガン大学に招かれた際の体験記をつづったものです。アメリカという巨大な国に、真正面からぶつかって奮闘していく著者の姿が描かれています。

 徒然草の一説で以下のような文章があります。
 
《正気を失って、防ごうとしても力が出ず、足もよたよたで、小川の中へころげこんで、「助けてよう。ねこまただ。ようよう。」と叫ぶと、あちこちの家から、松明などをともじて、走りよって見れば、この辺で顔見知りの坊さんだ。「これはどうしたこと。」と、川の中から抱き起こしたところが、連歌の賞品を取って、扇だの小箱だの懐に入れていたものも、水の中へ落としてしまった。やっとこさ助かったというふうに、ほうほうの体で家の中へ入ったものだ。(実は)飼っていた犬が、暗いけれど主人を知って飛びついたのだという。》

 主人が「ねこまた」を最初過度に恐れ、最後には飼っていた犬だったというように、著者アメリカという国に圧倒され、寂しさや不安に押し潰されそうになり、もがきつつもアメリカという国を最後に俯瞰、客観視していく姿が描かれています。

《「絶対に謝るもんか、絶対に謝らないぞ」
 とこころの中で叫んでいた。ちょうどその時、スピーカーが、
 「幸運にも(fortunately)、あの石油タンクは爆撃をまぬがれた」
 と言ったので、小声で、
 「unfortunately」
と言いなおしてやった。(中略)
 後で考えてみると、そんな感情は確かに単純かつ幼稚であり、それ以上に危険なものであるが、ある種の日本人は、初めて外国に出ると、とかくこういった傾向に陥りやすいらしい。むやみに日本が素晴らしく、偉大で美しく見え、気違いじみた心情的国粋主義に、一時的にとりつかれてしまうのだ。》

アメリカという異国の大地の中でその寂しさ、不安を紛らわすためにアメリカに対する対抗心を持つことで自身を振るいたたせようとしていたようです。


《夕日の見える日はあまりなかったけれど、そんな日は必ず日本のことを思い郷愁の念にかられた。一月、二月、には、夕陽はほぼ真西に沈む。少ししか開かない窓を思い切り押し開いて顔を半分ほど出して見ると、太陽はアパートの北壁に沿って赤く沈んでいった。ミシガンの日没は、ちょうど、日本の日の出と時間的に一致していた。小窓にもたれかかり、夕陽の沈むのを見ながら、何故に自分はこんな所に幽閉され苦しんでいるのだろうかと思うと、激しい孤独感と望郷の念で胸が張り裂けそうだった。》

 自身を振るいたたせていも尚、不安や、寂しさの感情から逃れることはできませんでした。夕陽の沈んでいくのと平行して著者の気持ちも沈んでいっているような気がしました。 

《たとえ目標や理想を掲げて進もうとしても現代の巨大な社会構造においてはどうにもなるまい。よくてドン・キホーテの二の舞だ。従って人生に大目的などを見出し、そのためにあくせく努力するのは無意味だと考える。彼らは出世物語には飽き飽きしたし、政治、経済、学生運動、地域運動にも飽きてしまった。もう手に触れるもの以外に信用しようとしないので。関心をもっているものと言えば自分およびそこからごく近い所にあるものだけだ。成績、恋人、家族、酒、マリファナ、音楽、スポーツなどだ。いわゆる幸福をそれほど追求しようとも思わない。そんなものは手で触れられないものだから初めから信用していないのだ。》

 自身を振るいたたせたり、また不安や淋しさに押し潰されそうな生活を強いられたアメリカ。しかし、著者はアメリカという物をあまりにも過剰に意識し過ぎて居たのだと思います。実際に冷静に、俯瞰して見たアメリカは著者が思っていたような国ではなかったのだと思います。

 このように、アメリカの強大さに圧倒されつつも、最後にはアメリカと云う国を数学者の目から客観的にみた姿が描かれています。

藤原正彦著「若き数学者のアメリカ」新潮社
吉田兼好著「徒然草」講談社文庫
category
読書
genre
本・雑誌
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読書ノウト
  • 2012⁄05⁄13(Sun)
  • 22:09

夏目漱石「三四郎」新潮文庫

 「三四郎」は熊本から上京した三四郎が、慣れない都会の生活の中で世間知らずな一面を見せつつも、都会の人々の対話の中で葛藤しながらも成長していく物語です。
 徒然草の一節で以下のような文章があります。
 
《すべて何でも皆物事が完全であるのは、よくないことだ。し残しておいたのを、そのままに捨ててあるのが面白く、先が楽しみなものだ。「内裏をお造りになる場合にも、

かならず作りきらぬ所を残しておくものだ。」とある人が申した。昔の賢人の作った仏典・外典の書物にも、章段の欠けているものが随分とある。》

 物を知らない世間知らずな三四郎の不完全さが、都会の生活と人々の対話の中で特有の面白さ・魅力を醸し出しています。

《三四郎は見渡す限り見渡して、この外にもまだ眼に入らない建物が沢山ある事を勘定に入れて、何処となく雄大な感じを起した。「学問の府はこうなくってはならない。こ

う云う構えがあればこそ研究も出来る。えらいものだ」ー三四郎は大学者になった様な心持がした。》

 大学の壮大な敷地の中に居るだけで、大学者になったような気分になった三四郎。入学当初という初初しさが伝わる一文です。

《「中々旨い」と三四郎が画を眺めながら云う。
 「これが?」とよし子は少し驚いたのである。三四郎の様なわざとらしい調子は少しもなかった。
  三四郎は今更自分の言葉を冗談にする事も出来ず、又真面目にする事も出来なくなった。何方にしても、よし子から軽蔑されそうである。三四郎は画を眺めながら、腹の

 なかで赤面した。》

 肝が据わって多少の事では驚かないよし子を、驚かせてしまった三四郎。しかも自信満々に言いつつも、その後「しまった!」と思っているであろう三四郎の姿が眼に浮か

びました。

《「細工に落ちると云うが、僕のやる事は自然の手順が狂わない様にあらかじめ人力で装置するだけだ。自然に背いた没分曉の事を企てるのとは質が違う。細工だって構わん

。細工が悪いのではない。悪い細工が悪いのだ」
 三四郎はぐうの音も出なかった。何だか文句がある様だけれども、口へ出て来ない。与次郎の言草のうちで、自分がまだ考えていなかった部分だけが判然頭へ映っている。

三四郎は寧ろその方に感服した。
 「それもそうだ」と頗る曖昧な返事をして、又肩を並べて歩き出した。》

 未熟で物を知らない三四郎と、さも自分が物を知っているように話す与次郎との組み合わせだから成り立つ会話。完全にやりこめられてしまっている三四郎の姿が眼に浮か

ぶ。

 未熟、完全でないからこそ出すことが出来た面白さ、魅力が表現されていると思いました。

夏目漱石「三四郎」新潮文庫
吉田兼好「徒然草」講談社文庫
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読書
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本・雑誌
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読書ノウト
  • 2012⁄05⁄10(Thu)
  • 23:17

シェイクスピア「マクベス」新潮文庫

主人公マクベスが自らの手を血に染めて得た王位を守るために、更なる罪を重ねていく物語です。
 マクベスの憎しみの感情や、罪を重ねていくことに対する罪悪感、喪失感を描いた的確な比喩が印象的な作品でした。

《恐怖というものを俺はほとんど忘れてしまった。かつては闇夜を走る叫びを聞いて、ぞっとしたこともある。恐ろしい話を聞けば、髪の毛が生あるもののごとく逆立ち動い

たものだ、が、今はありとあらゆる恐ろしいことが、この身内に浸みこんでしまい、何が起ころうと、人殺しのおれには日常茶飯事、もうぎくりともしないのだ。》

 人殺しのおれには日常茶飯事という部分が印象的でした。マクベスが手を血に染め続けた結果としてもはや止まることが出来ないという感情を的確に表現しています。

《大海の水を傾けても、この血をきれいに洗い流せはしまい?ええ、だめだ、のたうつ波も、この手をひたせば、紅一色、緑の大海原もたちまち朱と染まろう。》

 マクベスの自らの罪の意識にさいなまれる感情を的確に表現しています。大海原も朱に染まるというのは相当なものだろうというのが想像出来ます。

《ああ、おれの心のなかを、さそりが一杯はいずりまわる!バンフォーとフリーアンスがまだ生きているのだぞ。》

 人間はこれほどまでに、他社に憎しみの感情を抱くことができるのだろうか!と思ってしまいました。さそりがはいずりまわるほどとは、どれほど憎しみの感情があふれて

いるかが優に想像できます。

 このようにマクベスの感情を的確に表現した比喩が非常に印象的な作品でした。

シェイクスピア「マクベス」新潮文庫
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読書
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本・雑誌
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読書ノウト
  • 2012⁄05⁄10(Thu)
  • 21:50

シュテファン・ツワイク著「ジョゼフ・フーシェ」岩波文庫

ジョセフ・フーシェはフランス革命期の政治家で、水の如く敵情に従って変化をしながら動乱の時代を生き抜く姿が描かれています。

《ナント選出のジョセフ・フーシェ、熱弁をふるって国王の生命を守ろうと、まだ昨日はたしかに友人に断言していた男、十時間前には決意を固めた人たちの中で最も決然たるふうをよそおうていた他ならぬその男が、ついに呼び出された。しかしながらその間に、先の数学教師、計算のたくみなフーシェは投票を数えていたのであって、もし助命に投票すれば、間違った党に、自分の決してくみしたくないただ一つの党、少数党に属するであろうということを見てとっていたのである。そこで彼はいつも足音を立てない歩をいそいで演壇にはこんだ。そして彼の蒼ざめた唇から次の二語が低くささやかれたのである。「死刑」。》

 フーシェの変わり身の早さ、ずる賢こさがうかがえる一文です。自らの立場が危険もなく有利な立場となるまでは多数に身を隠して、安全な状態の中に隠れている。しかし、いざ局面が変わると何事も無かったかのように180°相手に寝返ってしまうというフーシェのずる賢さと用意周到さが描かれています。

《交渉したり駈引きしたり約束したり相手を愚弄したりすることは、実際三度の飯より好きな彼の煩悩である、そこで彼は無鉄砲な計画を立てた。自分の力ひとつで交渉を継続することにきめたのである。むろん彼は皇帝の依頼のように見せかける。すなわち自分の代理人にもイギリスの当局者にも、皇帝は諸君の手を通じて平和を結ぼうと努めていられるのだとかたく吹きこんでおいて、その実オトラント公爵ただひとりで糸を引くことにきめたのである。これこそまったく狂気の沙汰であり、皇帝の名と彼自身の大臣の職権との厚顔無恥な濫用であり、世界史上にも類例のない破廉恥行為である。》

 フーシェは多数派について常に安全な隠れ蓑の中で様子を窺っていると思いきや、大胆にも皇帝の知らないところで独断で交渉を継続するという大胆な一面を見せています。慎重に見えて大胆、逆に大胆に見えて慎重というように千変万化、臨機応変に変化していく事で周囲をあっと驚かせたのだと思います。 

《おおっぴらに告訴したり、残忍な死刑宣告などは避け、本当の暴力ではなくて、暴力の身振りで彼は満足なので、パラーや彼の同僚が、その羽帽の上に載せている役にも立たない飾りなどは眼中になく、国家の本当の隠然たる権力を握ってさえおればいいのである。》

 フーシェにとって、表立って名声を挙げることや、国家の利益、自己の利益等にも興味は無く、国家の権力を裏から糸を引くという緊張感が彼の心を満たしていったようです。

 孫子では軍の形について以下のように語られています。

《そもそも軍の形は水の形のようなものである。(中略)だから、軍にはきまった勢いというものがなく、またきまった形というものもない。うまく敵情のままに従って変化して勝利を勝ちとることのできるのが、[はかり知れない]神妙というものである。》

フーシェが水の如く敵情に従って、時には180°違った態度を見せる事で変化して動乱の時代を生き抜いた姿が描かれています。 

シュテファン・ツワイク著「ジョゼフ・フーシェ」岩波文庫
金谷治訳注「孫子」岩波文庫
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読書
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本・雑誌
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