あらすじ・読書感想文・解説
「権力は人間を堕落させる」とは良く言われる。
何故、「権力」はこんなにも人間を堕落させてしまうのだろうか?
本書の登場人物は皆、「権力」の持つ魔力に引き込まれ、数々の「悪行」に手を染めてきた。
「上」巻では、古代ローマ時代から始まる10人が紹介されている。
①性生活が現す人格ーカリグラ
《カリグラの性生活は、彼の人格をそのまま反映していた。
すなわち複雑で、往々にしてあいまいだった。
他人の妻を奪うことだけで満足できず、
売春婦たちのもとを足繁く訪れ、
妹たちを相手に近親相姦を犯し、
義弟のレピドゥスと俳優のムネステルを愛人とした。
こうした乱脈な性生活はカリグラにとって、
自分は神と同じくなにをしても許される、と主張する手段であった。
彼にとって自分の獲物となった相手は、
病的な倒錯性を発揮する対象であった。
女性に接吻するときは毎回、
「この魅力的な顔も、わたしが命令するやいなや首から斬り落とされるのだ!」
と叫ぶカリグラだった。》P32
②立場とかけ離れた滑稽さーネロ
《末期に近づくと、ネロの肉体は劣化の一途をたどり、
かつての美少年の面影はなくなり、醜悪な姿となった。
鯨飲馬食と運動不足のためにいつのまにか体重は増えていた。
三〇歳のネロは体兵肥満で、脂肪がついた顔はむくんでいた。
腹はつき出て、足は非常に細かった。
肥満の人間によくみられることだが、彼は大汗をかくようになり、
不快な体臭を放っていた。
(中略)
瞳が滑稽の頂点をきわめるのは、歌っているときだった。
背伸びをして、か細くて不明瞭な声を張り上げると、その顔を真っ赤になった。》P52
③平等なきまぐれさーフレデグンド
《かくしてフレデグンドは、これまでずっと夢見ていた、自由に采配をふることができる王妃となった。
司法の場で判決をくだすようにもなった。ただし、彼女独自のやりかたで。例をあげてみよう。
ある日のこと、二つの貴族一門のあいだの紛争に黒白をつけることになった。
錯綜した事業であったため、フレデグンドはたっぷりと酒を用意して宴席をもうけ、
対立する当事者らを招き、和解するよう勧めた。
厚かましい貴族たちは、王妃のせっかくの申し入れを拒絶した。
フレデグンドは全員を酔わせてから、両家の頭領の頭に斧をふり下ろさせた。
えこひいきがないこの処置により、王妃は紛争をおさめた。》P74、75
④「合理性」を保った暴力ーエッツェリーノ3世・ダ・ロマーノ
《このように極端に走ったとはいえ、すくなくとも一時期はエッツェリーノの暴力も一定の「合理性」を保っていた。
残忍な仕打ちをスぺクタルとして見せつけることで、住民に強い印象をあたえ、恐怖を植えつけ、
抵抗しようという意思を麻痺させるのが目的だった。
(中略)
いくつもの年代記のなかで数多く伝えられている人体のおそろしい切断ー
鼻、舌、唇、耳、乳房、手、足、眼球、局所が切除されたーは、
犠牲者たちの身体に一生消えない痕跡を残した。
こうしたおそろしい印しをきざまれた肉体は、恐怖を伝える媒体となった。
身体は人間性を奪われ、物となったのだ。
釈放された囚人の外見は、それだけでメッセージを伝え、恐怖をまきちらした。》P93
⑤最古のシリアルキラーージル・ド・レ
《ジルが特に好んだのは、瀕死の、もしくはすでに息絶えた子どもを凌辱することだった。
多くの場合、彼は犠牲者の静脈を切開してから、おぞましい楽しみにふけった。
ときには、
「子供の腹の上に座って、だんだんと衰弱して死にゆくようすを、
顔を斜めに傾けて眺めることに深い歓びを感じた」。
死体の首は切り落された。
ジルはしばらくのあいだ、何人もの犠牲者の頭部を手もとに置き、
かわいらしさを比べて賞翫し、喜んで接吻さえした。》P109、110
⑥串刺し公ーヴラド三世
《また、ある修道士が串刺し刑のおぞましさを非難したのに対しては、
ヴラドはだれもまねできないブラックユーモアをこめて
「おまえ自身の串刺しについて、好きなだけ講釈をたれるがよい。
余はおまえを急かしたりしないから」と答えた。
修道士は串刺しにされたが、頭を下にしてのアクロバティックなバージョンが適用された。
(中略)
自分に忠誠をつくす親衛隊に囲まれたドラキュラ公は、
こうして恐怖を手段にワラキアに君臨した。
そしてめったやたらに串刺しにしたことで、
ツェペシュ(串刺しにする者)というおそろしい添え名を獲得した。》P125、126
⑦恥さらしと告発された教皇ーアレクサンデル六世(ロドリーゴ・ボルジア)
《教皇選挙に腐敗はつきものであり、フランス王シャルル八世なども、
結果的に敗れさることになる親フランス派のジュリアーノ・デッラ・ローヴェレを勝たせるため、
枢機卿たちの買収にかなりの資金をつぎこんでいた。
しかしロドリーゴボルジアの策略はその上を行く悪辣なものだった。
勝つために、よりによって教会の財産を公然と使ったのであるから。
あってはならないことだ、などと彼は思わない。
「ビジネスはビジネス」[拝金主義を風刺したミルボーの戯曲]なのだ。》P145
⑧残酷な遊びーイヴァン雷帝
《イヴァンの残酷な遊びは、彼が病気で何か月も苦しんだすえに一五八四年三月一八日に息を引き取るまで続いた。
近年になってイヴァンの遺骸を調査したところ、かなりの量の水銀の蓄積が確認された。
当時、水銀は薬としてしばしば処方されていた。
イヴァンの場合は、梅毒治療のために使われたと思われる。
いずれにせよ、子ども時代のトラウマによってすでに損傷を受けていたイヴァンの神経系統は、
水銀によって変調が深刻化したのであろう。
こうした生理学的および心理学的な考察はさておいて、
イヴァンが暴君となったのは、邪悪な性格ゆえになのか、
思い描く当時を行うための政治的選択であったのかは、判断がむずかしい。
いずれにしろ、権力の行使が性格の暗黒面を強めたことは確かだろう。》P170
⑨美を求め続けたエステ狂ーバートリ・エルジェーベト
《なぜなら、残酷で倒錯した少女エルジェーベトによる平手打ちや激しくつねる行為から、
みずからの喜びと若返りのために何百人もの女性を殺害し、
その血を大量にしぼりとって浴びる行為にいたるまで、
美しきエルジェーベトの行為は、退廃したローマ皇帝をはるかにしのいでいるからだ。
(中略)
だが、見つかってしまった落ち度に対する罰としての暴力だったものが、
暴力という大きな犯罪を正当化するための落ち度すら必要としない組織化されたシステムに変わってしまったのは、
いったい何がきっかけとなったのだろう?
伯爵夫人が、血の再生力と根拠のない残忍さの快感を発見したときかもしれない。
そのタイミングがなんであれ、彼女のとりまきたちの果たした役割は、
ますます趣向がこらされていく拷問を生み出すにも実行するにも不可欠になった。》P184、185
⑩二重人格の魔女-ヴォワザン夫人
《いまもなお明らかになっていない経過をたどりながら、
悪魔のような仕組みができあがっていった。
効き目があるのかもわからない媚薬が、もっとも手っ取り早い水薬になり、
恋人たちのための呪文もどきが、人間の生贄をともなう黒ミサになってしまった。
(中略)
というのも、ラ・ヴォワザンは敬虐なカトリックであったが、
悪魔を信じるカトリックでもあったからだ。
彼女は二重の人格をもっていた。
一方では信心深い教区民であり、他方ではさほど矛盾を感じることなく、
正式なカトリックの儀式を反転させた、まやかしの儀式を仕切る「魔女」であった。》P198
「事実は小説よりも奇なり」という言葉がある。
本書の内容はまさにそのような言葉を思い出さずには居られなくする。
「悪」と一言で言っても、その有様は多種多様である。
愛欲に対して、羞恥心を抱くことなく、忠実に従うもの、
立場を顧みることなく、滑稽な姿が晒しだすもの、
自分のきまぐれさに忠実なもの、
統治という目的のために、手段を選ばぬ残虐さを示すもの、
悪びれも無く教会の財産を私的に流用する者等々・・・
姿形は異なるとはいえ、それぞれ、異常なまでに「極端な人物」であるということに変わりはない。
「権力」が、彼らを数々の奇行に駆り立てる。
「自分が権力を行使できるのも偶然にすぎない」という事実にきづかずに。
そして、「権力」という麻薬がもたらす毒の前では、「理性」という名の抑制はもはや無力である。
尚、本書のまえがきは以下の言葉で締められている。
《この本を読むことはある意味で、人間の魂のはかりしれぬ奥底に潜入する体験である!》P9
人間の魂の奥底とはかくも底知れぬ、底なし沼なのだ。



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